2011年03月27日
住み慣れた街
今日、小樽市内を歩いていると、商大に合格し、親元を離れて小樽に住むのだろうか、母親に付き添われて重たそうな荷物を手に歩いている学生さんを見かけた。
「住み慣れた街」を離れ、一人見ず知らずの街に移り住むためには、ある種の「勇気」が必要だ。
恐らく、長く住んだ街であればあるほど、「愛着」があるだろうし、その街を離れることへの「不安」が募るであろうことは、よく分かる。
今回の大震災や福島の原子力発電所の事故により、他律的要因によってやむを得ず、自分の街を離れることになる方々のお辛い気持ちは、自分の心をも痛くする。
つらつらと考えてみるに、自分自身も高校を卒業してから、あちらこちら、独りで定住することなく、動き回ってきた。
最初の親離れをするときから、独りで身仕度をし、自分自身で棲家を見つけて旅立った。
そういう意味で、今日見かけた「母親とともに」新たな街へと足を運ぶ子の姿を見ていると、微笑ましく思える一方、この子の「真の意味での自立」は、いつやってくるのだろうと、無用な心配をしてみたり。
続きを読む
「住み慣れた街」を離れ、一人見ず知らずの街に移り住むためには、ある種の「勇気」が必要だ。
恐らく、長く住んだ街であればあるほど、「愛着」があるだろうし、その街を離れることへの「不安」が募るであろうことは、よく分かる。
今回の大震災や福島の原子力発電所の事故により、他律的要因によってやむを得ず、自分の街を離れることになる方々のお辛い気持ちは、自分の心をも痛くする。
つらつらと考えてみるに、自分自身も高校を卒業してから、あちらこちら、独りで定住することなく、動き回ってきた。
最初の親離れをするときから、独りで身仕度をし、自分自身で棲家を見つけて旅立った。
そういう意味で、今日見かけた「母親とともに」新たな街へと足を運ぶ子の姿を見ていると、微笑ましく思える一方、この子の「真の意味での自立」は、いつやってくるのだろうと、無用な心配をしてみたり。
続きを読む
2011年03月20日
心からお見舞い申し上げます
神戸市沖合いに埋め立てられた「六甲アイランド」。
神戸と六甲アイランドとを結ぶ六甲ライナーが完成間近であった、1990(平成2)年2月。
自分は、仕事で約10日間、大阪・神戸に滞在していた。
写真にあるようなとても綺麗な神戸の臨海施設が被害を受けることになるとは、そのとき想像だにすることはなかった。
※ 筆者は写真右から2番目の長身。
それから5年後の1995(平成7)年1月17日、「阪神・淡路大地震」が発生し、六甲アイランドも液状化を起こし、それ以上に多くの尊い犠牲、命が失われたことには、本当にショックを受けたし、その中に自分の友人・知人も含まれていた。
テレビ映像から連日伝えられる状況を確認していたが、復興するのにどれだけの時間が必要なのか、当時自分の想像を超えた被害ではあったが、不死鳥のように甦った神戸の姿をその後目の当たりにして、「日本人の底力」を実感した。
参考まで、ウィキペディア掲載の震災の状況と復興の奇跡をリンクしておきたい。
今回の「東北関東大震災」で亡くなられた皆さんには深い哀悼の意を、また、『WEBダカーポ』にて被災者の皆さま方へのメッセージを掲載させていただきました。
何せ、被害範囲は想像を超えるものであり、復興までの時間はかかるものと思いますが、我々北海道在住の者としても、お手伝いできることはしっかりとさせていただきたく存じます。
まずは、必要とされる物資が皆さまのお手元に一刻も早く届きますよう、可能な努力をしております。
「諦める」ことなく、ともに頑張っていきましょう!!
神戸と六甲アイランドとを結ぶ六甲ライナーが完成間近であった、1990(平成2)年2月。
自分は、仕事で約10日間、大阪・神戸に滞在していた。
写真にあるようなとても綺麗な神戸の臨海施設が被害を受けることになるとは、そのとき想像だにすることはなかった。
※ 筆者は写真右から2番目の長身。
それから5年後の1995(平成7)年1月17日、「阪神・淡路大地震」が発生し、六甲アイランドも液状化を起こし、それ以上に多くの尊い犠牲、命が失われたことには、本当にショックを受けたし、その中に自分の友人・知人も含まれていた。
テレビ映像から連日伝えられる状況を確認していたが、復興するのにどれだけの時間が必要なのか、当時自分の想像を超えた被害ではあったが、不死鳥のように甦った神戸の姿をその後目の当たりにして、「日本人の底力」を実感した。
参考まで、ウィキペディア掲載の震災の状況と復興の奇跡をリンクしておきたい。
今回の「東北関東大震災」で亡くなられた皆さんには深い哀悼の意を、また、『WEBダカーポ』にて被災者の皆さま方へのメッセージを掲載させていただきました。
何せ、被害範囲は想像を超えるものであり、復興までの時間はかかるものと思いますが、我々北海道在住の者としても、お手伝いできることはしっかりとさせていただきたく存じます。
まずは、必要とされる物資が皆さまのお手元に一刻も早く届きますよう、可能な努力をしております。
「諦める」ことなく、ともに頑張っていきましょう!!
2011年03月09日
2011年03月08日
誰のサイン??
昨年秋口に発見し、それからおおむね2週間に1回通っている会社の近所のお店。
リーズナブルであり、なおかつ美味しい!!
今年に入って、初めて足を踏み入れた我々の常連席の壁に、「サイン」が書かれていた。
「よく来られるのですか?」と店の方にお聞きしたところ、「ご近所ですから」との回答。
確かに(笑)。 続きを読む
リーズナブルであり、なおかつ美味しい!!
今年に入って、初めて足を踏み入れた我々の常連席の壁に、「サイン」が書かれていた。
「よく来られるのですか?」と店の方にお聞きしたところ、「ご近所ですから」との回答。
確かに(笑)。 続きを読む
2011年03月07日
Quercus スロヴェニア
フィンランド帰りの「ワイン通」の友人と、久し振りにワインを飲んだ。
スロヴェニア(Slovenia)北部でイタリアと国境を接するプリモリエ(Primorje)。
赤ワインの生産を主とするプリモリエには、北から南へと、ブルダ(Brda)、ビパーバ(Vipava)、クラス(Kras)、コーペル(Koper)という4つのワイン生産地域が続くが、その最北部にあるブルダ(Brda=丘)。
中でも「ゴリシュカ・ブルダ(Goriska Brda)」という地域のメルロ(Merlot)。
「クエルクス(Quercus=樫) 2004」。
とてもストレートな名称が続く。
印象は「枯れ草」の香りとでも言おうか、フランスのメルロでは体験できない香り。
樽熟成の間に、このような香りになるのだろうか。
旧ユーゴスラビアから独立して約20年。
「平和」のありがたさと、「民族」の歴史を深く知ることができる一本。
続きを読む
スロヴェニア(Slovenia)北部でイタリアと国境を接するプリモリエ(Primorje)。
赤ワインの生産を主とするプリモリエには、北から南へと、ブルダ(Brda)、ビパーバ(Vipava)、クラス(Kras)、コーペル(Koper)という4つのワイン生産地域が続くが、その最北部にあるブルダ(Brda=丘)。
中でも「ゴリシュカ・ブルダ(Goriska Brda)」という地域のメルロ(Merlot)。
「クエルクス(Quercus=樫) 2004」。
とてもストレートな名称が続く。
印象は「枯れ草」の香りとでも言おうか、フランスのメルロでは体験できない香り。
樽熟成の間に、このような香りになるのだろうか。
旧ユーゴスラビアから独立して約20年。
「平和」のありがたさと、「民族」の歴史を深く知ることができる一本。
続きを読む
2011年03月05日
2011年03月03日
第3回 いわみざわドラマシアター
岩見沢市在住の友人がかかわっている「第3回いわみざわドラマシアター」。
「汽笛が聞こえる」。
来る3月21日(月・祝)15:30開場。
手作りの演劇であり、とても見ごたえのある仕上がりになっている。
3連休の最終日だが、是非、岩見沢近辺の皆さんはもとより、札幌や小樽方面からも足を運んでみてはいかがでしょうか。 続きを読む
「汽笛が聞こえる」。
来る3月21日(月・祝)15:30開場。
手作りの演劇であり、とても見ごたえのある仕上がりになっている。
3連休の最終日だが、是非、岩見沢近辺の皆さんはもとより、札幌や小樽方面からも足を運んでみてはいかがでしょうか。 続きを読む